企業年金や財団においては、資産運用が本業になるのですが、その目的は、法人の設立主旨に従って、年金給付や公益事業などの使途の定まった支出が予定されているので、予定支出額に見合った金額を運用の果実として生むことになるわけです。つまり、投資目的は、予定された収益率を着実に実現することなのであって、資産を増殖するために高い収益率を目指すことでは決してないのです。
投資は、こうして、目的によって統制され、予定された収益率を目指すことによって、合理的なものたり得るのであって、高い収益率を目指すことを目的とすれば、統制を失って、投機に堕してしまうわけです。つまり、投資には、定まった支出のための財源の創出という目的が不可欠なのであって、支出目的がなければ、そもそも、投資する必要はなく、敢えて投資すれば、投機になるということです。
では、投資は金利生活者の仕事でしょうか。
金利生活者は、一定の財産を所有し、その財産の運用収益で生活する人ですから、生活資金を得るために働く手段を職業というのなら、無為無職の遊民ではなくて、投資を職業とする人です。企業年金や財団は、運用収益で事業支出を賄うのですから、まさに金利生活者と同じく、投資を職業とする法人です。職業として投資を行うからこそ、そこに規律が働いて、投資は成果を生むのです。
これに対して、投機は遊びであって、遊びは遊び自体が目的なのですから、付随的に利益が得られることは稀有な幸運にすぎないのです。また、遊びに規律があっては面白くないわけで、自由奔放に好き勝手に投機すれば、結果も自由奔放になって、安定した利益が生まれるはずもありません。
運用収益の実金額は運用資産の規模に応じて決まるので、事業計画に応じて、資産の形成がなされるのでしょうか。
財団は、運用収益で事業支出を賄うに足るだけの資金をもって、設立されているので、資産額は、年間の事業支出の予定金額について、それを期待される投資収益率で除した金額になるはずです。ここで問題となるのは、第一に、どの程度の水準の投資収益率を見込むのかということ、第二に、運用収益に応じて事業支出を変更するわけにはいかないので、安定的な収益の確保が求められること、第三に、運用収益は現金として実現される必要のあることです。
また、財団とは、財産を維持するものだという点も重要です。元も子もないという表現がありますが、これは、元本がなくなれば、利子もなくなるという当然の理をいっているわけで、投資元本、即ち、運用資産を維持保全しているからこそ、そこに子供としての運用収益が生じるのです。元本が減少すれば、同じ投資収益率のもとで、収益額は減少してしまいます。
そして、これらの論点は、実は、投資の要諦を明確に示すものなのです。即ち、期待収益率は保守的に見込まれるべきこと、保守的な見込みだからこそ、安定的に着実に期待を実現できること、投資には目的があって、目的を実現させるために現金を創造するのが投資の本質であること、現金創造能力を維持するためには、投資元本が保全されなければならないことです。特に重要なのは、保守的な期待収益率の設定であって、保守的とは、合理的な方法によって達成可能なことであり、合理的な方法に基づくからこそ、投機ではなく、投資になるわけです。
金利が低下すると、期待収益率も低下して、運用収益が不足するのではないでしょうか。
金利は全ての投資対象資産の期待収益率の基礎となる指標なので、投資が合理的であるためには、金利の低下に平行して、期待収益率を低下させなくてはなりません。財団運営の難しいところは、期待収益率を低下させても、事業計画を変更せずに、同じ期待運用収益を得ようとすれば、新たな寄付により運用資産を増加させるほかなく、運用資産を増加させることなく、同じ運用収益を得ようとすれば、不合理な期待収益率を維持するほかなく、さもなければ、事業計画を縮小させるほかないことです。
企業年金にも、同様の問題があるでしょうか。
企業年金は、制度が成熟して、定常といわれる状態に達すると、仮定上は、新規加入者と同じ数だけ、年金受給者が新たに生まれることになります。こうなると、毎年、掛金額と運用収益の合計が年金給付額として払い出されるので、年金資産額は一定になります。故に、定常といわれるのです。日本の現実においては、企業年金は、概ね、定常に近い状態にあるといえるでしょう。
この定常状態においては、金利が低下し、期待運用収益が減少すれば、その分、掛金を増やすことによって、年金給付は維持されるはずです。しかし、金利の低下は、将来の年金給付の現在価値、即ち、年金給付債務の理論値を増加させるので、債務超過となって、年金受給権の保全に問題が生じます。そこで、制度上、特別な臨時の掛金を投入して、資産額を増加させるわけです。こうして、年金資産が増えると、期待収益率が低下しても、運用収益の期待額は維持されるので、通常の掛金は引き上げなくともよくなります。
資産形成における投資は、形成されている資産の投資と異なるでしょうか。
金融庁は、最重点施策として、国民の安定的な資産形成を推進していますが、これは、公的年金を補完して、豊かな老後生活を送るための原資の形成を意味しています。故に、資産形成は、第一義的には、非常に長期に及ぶ勤労期間中に、毎月の所得から一定金額を積立てていくことであって、第二義的には、積立てられた資産を運用することで、投資収益を得て、積立てを補助することなのです。
また、資産形成は、勤労期間中の資産の形成に加えて、老後生活が始まった後の資産取り崩しも含んでいます。資産取り崩しは、第一義的には、余命に合わせた一定額の計画的な取り崩しであって、資産運用は、第二義的に、残余資産を保全し、投資収益によって、取り崩しによる資産の減少速度を緩和する働きをします。
こうした資産形成における投資は、企業年金や財団における投資とは、本質的に異なったものであり、より難しいものといえるでしょう。なぜなら、第一に、企業年金や財団においては、本業として、専門家が投資判断を行うのに対して、資産形成においては、専門的知見をもたない普通の生活者が投資判断をしなければならないからです。
また、第二に、時間の経過とともに、資産形成の段階が変化していくにつれて、投資の目的は変化していきますが、それに合わせて投資内容を合理的に即応させていくのは容易ではありません。また、資産形成の初期段階においては、資産の増殖が目的となるはずですが、この目的は投機に堕しやすいものですから、合理的に資産を増殖させる工夫が必要なのです。
その工夫が長期分散積立投資ですか。
長期分散積立投資が合理的であるのは、第一に、資産増殖に適した期待収益率の高い投資対象は、大きな価格変動を伴うにしても、小さな金額を定期的に長期間にわたって積立てれば、価格の安いときにも、高いときにも投資されるので、時間分散による取得価格の平準化が生じるからです。また、第二に、資産分散の効果、即ち、価格変動の大きな複数の資産に投資することで、価格変動の一定程度の相互相殺が生じるからです。
資産取り崩しの始まる段階においては、投資目的は保守的な資産保全になるので、合理的な投資が可能なのですね。
退職後、資産取り崩しの始まる段階では、投資目的は、資産増殖では絶対にあり得ず、資産保全でなければなりません。資産保全は、企業年金や財団の投資よりも、より一層、保守的な投資ですから、十分に合理的な投資になり得ます。
難しいのは、投資目的を増殖から保全に変更する点ですか。
理屈の上では、誰しも簡単に理解できるように、退職時が近づくにつれて、投資目的は増殖から保全に変更されなくてはなりませんが、この理屈を合理的な方法で実行に移すのは極めて難しいことです。おそらくは、時間の経過にともない、合理的というよりも、機械的な方法で、順次、投資内容を変更することくらいしか、想定され得ないのではないでしょうか。
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(文責:ティ)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。